妻、インターネットで物件を漁る

 田舎暮らしが昔からの夢だったと言う妻は、さっさと退職し、関西と信州とで、次々に物件情報を見つけては見に行っていた。
 何しろ、ネットには数十万の古民家から、数千坪の農家まで売られている。
普通の退職サラリーマンにだって、すばらしい田舎の物件が手に入るように見えるのだ。
 しかしだ、世の中それほど甘くない。
 暮らしやすくて生産性の高い土地があったら、なかなか手放す人はいないし、手放すときには相応の代金を要求して然りだ。そして、もし本当に掘り出し物があったとしても、インターネットなんかに掲載されるより早く、親戚筋やらご近所やらが手に入れているはずだ。
 だから、妻が大いに期待して見に行った物件も、行きつくのが難しい場所にあったり、車が入らなかったり、シカに蹂躙されていたり、じめじめと薄暗く、雨が漏り、床が抜けて崩れかけていたり、前の持ち主さんの家財道具で足の踏み場もないだけでなく、先祖代々のお墓までついていたりした。だいたいにおいて、広い物件は地目が農地。それでは私たちには仮登記しかできない。
 その中でこの家は、南向きのひな壇の上の広い宅地にあって、陽当りが良く、明るく乾燥している。家屋は、明治30年(推定)に建てられた頃の趣をよく残していながら、新しい瓦屋根で雨漏りもなく、上下水完備。トイレも水洗だ。ここで暮らしていた人たちの家への愛情が感じられる気がした。空き家になって、新しい家主を心待ちにしているようだった。
 妻にうるさくせっつかれなければ、はるばる信州まで家を見には行かなかったかもしれない。でも、この家を見て、家のある集落を歩いてみて、ここに暮らしてもいいなあ・・と思うに至った。
 そして2013年6月、この古い養蚕農家は私と妻のものになった。

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